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東京高等裁判所 平成3年(ネ)3161号 判決 1993年4月27日

千葉県松戸市常磐平六丁目一一番地の一〇

控訴人

エクセル株式会社

右代表者代表取締役

中川達彌

右訴訟代理人弁護士

武田正彦

阿部昭吾

井窪保彦

田口和幸

同輔佐人弁理士

小橋正明

千葉県野田市目吹二五五二番地

被控訴人

三豊樹脂株式会社

右代表者代表取締役

田中茂治

右訴訟代理人弁護士

小坂志磨夫

小池豊

森田政明

同輔佐人弁理士

山田正國

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人(第一審原告)

「原判決を取り消す。被控訴人は、原判決別紙目録一記載の方法を使用して硬質プラスチック管を製造し、販売し、又は販売のための展示をしてはならない。被控訴人は、その本社、営業所及び工場に存在する前項の硬質プラスチック管を廃棄し、前項の方法の実施に供した原判決別紙目録二記載のブロー成形機を廃棄せよ。訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」との判決

二  被控訴人(第一審被告)

主文と同旨の判決

第二  当事者双方の主張

当事者双方の主張は、次に付加するほかは、原判決第二「事案の概要」欄に記載のとおりである。

一  控訴人の主張

1  本件特許請求の範囲にいう「水平運動及び昇降可能な金型」についての原判決の解釈の誤り

原判決は、本件特許請求の範囲にいう「水平運動及び昇降可能な金型」とは、「成形すべき管の三次元的形状に適合するように刻設された溝とノズルが略一定の間隔を保つように、三次元的に左右、上下及び前後の方向に移動することができる金型を意味する」と認定判断している。

すなわち、原判決は、本件発明においては、「溝とノズルとが略一定の間隔を保つ」ことが必須であることを前提として、そのためには金型は三次元的(Z軸を含む方向)に移動できなければならないとしているのである。

しかしながら、パリソン注出時における金型(下型)の移動に関する特許請求の範囲の記載は「該下型をノズルに対して相対的に移動させて該ノズルの先端を下型における溝上に沿って案内させながら」と記載されているのみであり、ノズルと溝との距離を一定間隔に保つこと、すなわち、前記認定のような「溝とノズルとが略一定の間隔を保つ」ことについては何ら記載されていないのであり、原判決の前記認定判断は誤りである。

本件発明は、バリを発生させないようにするために、ノズルから注出されたパリソンを溝内のみに収容するという発想から、特許請求の範囲に記載の「下型をノズルに対し相対的に移動させて該ノズルの先端を下型における溝上に沿って案内させながら該溝内にパリソンを連続注出し・・・パリソンを溝内のみに包蔵する」という構成を採用したものであり、この記載に照らしても明らかなように、ノズルから注出されたパリソンが溝内のみに収容されるようにするためには、パリソン注出時においてノズルを溝上に沿って案内すれば足り、それ以上にノズルと略一定の間隔を保つように三次元的に左右、上下及び前後の方向に移動する必要はないのである。したがって、原判決の前記認定は、特許請求の範囲に記載のない要件を付加し、本件発明の技術的範囲を不当に限定したものであって、誤りである。

なお、本件発明は、その名称が「折曲した形状の硬質プラスチツク管の成形方法」であり、発明の詳細な説明の項の冒頭に「本発明は主に二次元又は三次元的に複雑な形状を有する折曲した形状の硬質プラスチツク管の成形方法に関するものである」と記載されていることなどからも明らかなように、管の折曲の仕方が二次元的か三次元的かを問わず、複雑な形状を有する硬質プラスチツク管をバリを発生させずに成形することを特徴とするものであって、二次元的に折曲した管の場合は、重ね合わせ面が原則として平面状であるから、そこに刻設された溝上に沿ってノズルを案内するためには、上下方向(Z軸)の動きを必要としないことは明らかであるし、三次元的に折曲した管の場合にあっても、前述したとおり、バリを発生させないためには、溝とノズルとの間を一定の間隔に保つ必要はないから、下型の上下方向(Z軸)の動きを必要としないことは明らかである。

なお、本件明細書に記載の実施例においては、「該ノズル2と溝4aの底部又はその中心位置が略一定の間隔を保ち得るように金型3を上下、左右動させながら前方に水平移動させ・・・」との記載があるが、かかる記載は何ら、控訴人の前記主張と矛盾するものではない。なぜなら、これは三次元的に折曲した管を成形する金型は重ね合わせ面が曲面状をしているため、溝の位置によってノズルから注出されたパリソンの長さが異なるから、管の肉厚を均一にするためには出来るだけパリソン注出時においてノズルと溝との間隔を一定に保つ方が望ましいためであって、バリを発生させないように複雑な形状の管を成形するという本件発明の目的・効果とは何ら関係がないものである。しかも、パリソン注出時にノズルと溝との間隔を一定に保つことは、理論的にいえることではあっても、実用上においては、肉厚の不均一の影響を無視し得る場合もあるし、また、ノズルと溝との間隔を一定に保つためには、かなり大がかりな機構と制御装置を必要とすることから、実用的ではないのである。以

上のように、実施例の記載は、望ましい実施の態様を記載するという特許法の要請を踏まえて、前記のような成形する管の肉厚を一定にするとの観点から記載されたものであるから、これを根拠に本件発明の技術的範囲を限定することは失当である。

かえって、本件明細書の記載中には、以下のような控訴人の主張を裏付ける記載がある。すなわち、特許請求の範囲三項においては、パリソン供給時の金型の移動速度を変化させる方法、同四項においては、パリソン注出量を変化させる方法がそれぞれ記載されているが、これは、肉厚の均一性を保つために、金型の移動速度を遅くしたり、パリソンの供給量を部分的に増やすものであって、かかる方法は、ノズルと溝との間隔を一定に維持して肉厚を均一に保つこととは矛盾するのであり、この記載からも、原判決の前記判断が誤りであることは明らかである。

2  本件特許請求の範囲にいう「水平運動及び昇降可能な金型」の意義

(一) 本件特許請求の範囲にいう「水平運動及び昇降可能な金型」とは、本件発明を実施するための装置に用いられる金型の属性であり、パリソン注出時における金型の移動に関する限定ではない。このことは、特許請求の範囲において、パリソン注出時における金型の動きとして「下型をノズルに対して相対的に移動させて該ノズルの先端を下型における溝上に沿って案内させながら該溝内にパリソンを連続注出し・・・」と記載されているのみであることから明らかであり、それ以上に金型をどのように動かすかは金型の設置状況、金型面の形状などの具体的実施状況に応じて適宜選択すればよい問題であるからである。

そこで、以下に、本件発明の方法によるプラスチツク管の成形工程を明らかにする。なお、工程(6)は明細書に記載はないが、当然の工程であるので、便宜、記載したものである。

(1) 金型の取付と初期位置の設定

(2) パリソンの注出

(3) 型締

(4) 吹込

(5) 冷却

(6) 型締めの開放及び成形品の取出

(1)の工程は、(2)の工程でノズルの先端が下型の溝上に沿って案内されるように、金型(溝)をノズルの先端に対して適切な初期位置に設定するものである。この点は、本件明細書の発明の詳細な説明において「先ず第二図及び第四図に示すように、ノズル2の下に下型3aの溝4aが来るように配置し・・・」と記載されているように、当然に必要とされる動作である。この際、下型は、溝の形状、幅、深さなどを勘案して、溝上の特定の位置にノズルの先端を誘導するためにX軸、Y軸及びZ軸方向へ移動する。(2)の工程は、パリソン注出時にノズルの先端を溝上に沿って案内するように下型はX軸、Y軸方向に移動する。この際Z軸方向への移動については、肉厚を均一にするという観点から行われることがあるが、これはバリを発生させないようにノズルの先端を溝上に沿って案内するという本件発明の目的、構成とは関係がないことは、既に述べたとおりである。次の(3)及び(6)の工程においては、金型を開閉するために、当然Z軸方向への移動が必要である。(二)被控訴人方法においては、下型5aは、シリンダ装置7aによってZ軸方向へ移動可能な構造となっており、原判決目録記載のその工程を前項の工程と対比すると、前項の(1)は同目録一、第二、二の(一)、(二)に、(2)は同(三)の1、2に、(3)は同(三)の3に、(4)は同(三)の4に、(6)は同(三)の5にそれぞれ該当する。

そして、被控訴人方法において、初期位置の設定のために、下型5aは、X軸、Y軸及びZ軸の各方向に動かされ、この点は被控訴人においても認めているところである。したがって、下型5aは、「水平運動及び昇降可能な金型」に該当する。被控訴人は、この点について、後記のように、被控訴人方法における金型の位置決めを成形作業に入るための準備段階である旨主張するが、右作業が成形のための必須の作業であることは議論の余地がないのであるから、右主張が誤りであることは明らかである。

次に、前項の(2)、(3)及び(6)の各工程においては、シリンダ装置7aをロックすることにより、下型5aは、Z軸方向に動かないようにしてある。このように、下型5aは、パリソン注出時や型締時にZ軸方向に移動可能であるが、あえて移動できないようにしているにすぎないから、右各工程においても、下型5aは、「水平運動及び昇降可能な金型」に該当することは明らかである。

そして、「水平運動」とは、「水平面に平行な運動」(面運動のみならず直線運動も含む)を、また、「昇降」とは傾斜面を昇り降りする運動をも含むものと解釈すべきものであるから、被控訴人方法における傾斜面内における運動が「水平運動及び昇降」に該当することは明らかであるから、下型がZ軸方向に移動できることが本件発明に必須だとしても、被控訴人方法が、本件発明の技術的範囲に属することは明らかである。そもそも、被控訴人方法における金型を傾斜させるという構成は、特段の作用効果を有するものではなく、本件明細書の実施例にある横置きされた状態の金型を斜めにしたにすぎないのであり、単なる付加にすぎないのである。

3  「パリソンの先端のみを当該部分の金型の重ね合わせ面により閉塞する」の意味

本件特許請求の範囲の右記載が意味するところは、従来技術のように、パリソンの側部までも金型の重ね合わせ面で閉塞することはなく、パリソンの端部(先端)のみが閉塞されることを意味していることは明らかである。まず、「先端」という言葉は、被控訴人が主張するように「後端」に対する「先端」の意味もあるが、そればかりではなく単に物の「はし」、すなわち、端部の意味にも使用されるものであるから、その意味するところがいずれであるかについては、使用される対象や文脈に応じて理解されなければならない。そこで、これを本件特許明細書に即して検討すると、本件発明の方法においては、「パリソンを溝内のみに包蔵する」という構成を採用する結果、パリソンは溝内のみに収容されるため、パリソンの側部が金型の重ね合わせ面で閉塞されることはない。これに対して、パリソンの端部(先方端及び後方端)は、吹込みの際に内部の空気が流出しないように、金型の重ね合わせ面で閉塞する必要がある。そこで、溝内へパリソンを注入する際には、パリソンの下端が下型の溝の前端からややはみ出した状態で注出を始めるとともに、溝の後端をはみ出したところまで注出を続けるのである。以上のように、本件発明の方法においては、パリソンの側部が溝からはみ出すことがないため、金型の重ね合わせ面で閉塞されるのはパリソンの端部のみであるということを注意的に記載したものにすぎない。被控訴人方法が、この要件を充足することは明らかである。

なお、被控訴人は本件発明においてはいわゆる上吹込方式を採用したものであると主張するが、失当である。そもそも、吹込方式を巡る議論自体本件とは何の関係もない事柄である。確かに、空気吹込方式には、被控訴人が主張するように、上吹込方式、下吹込方式等の分類があるが、本件特許請求の範囲においては、この点についての何らの限定もない。しかも、前記のような分類は、従来のブロー成形機のように金型が左右に分割されて、その間にパリソンが垂下された形で供給される場合を念頭においての分類であり、本件発明や被控訴人装置のように金型が上下に分割されている場合にはこれらの分類を当てはめることはできないのであり、被控訴人の主張は根拠のない独断にすぎない。本件発明の方法や被控訴人方法のように、パリソンを横に寝かした状態で溝内に注入する方式の場合には、パリソンが自重により潰れてしまうのを防ぐために、密閉して中空状態に保つことは必須の条件である。このように、本件発明の方法において、パリソンの先方端のみならず後方端も閉塞されることは技術常識に属し、議論の生ずる余地はない。

4  被控訴人装置における金型を傾斜させる構成について

被控訴人装置の共同開発者である訴外株式会社プラコーの社員の作成に係る技術説明文書である甲第一四号証の二には、金型水平設置方式には欠点があり、傾斜設置方式には利点があるかの記載がある。しかし、右記載は内容的に誤っているばかりか、右文書自体が控訴人による仮処分の提起を受けて作成されたものであって、信頼に値しないものである。

右甲号証は、金型水平設置方式の「成形上の欠点」として<1>から<3>を挙げている(1-17)。右<1>、<2>では、金型水平設置方式ではパリソンが折れ曲り成形できない点を挙げる。しかしながら、このようなことは、ダイ(ノズル)とキャビティ(溝)の間隔を拡げてやれば、パリソンの折れ曲がりは解消するのであって、このことは、当業者なら誰でも知っていることである。だからこそ、金型を設置する際にノズルと溝との間隔を調整するのである。のみならず、金型面が立体形状をしている場合には、金型が水平に置かれていても金型面が水平とは限らないし、逆に、金型が傾斜して置かれていても金型面は傾斜しているとは限らないのであるから、かかる問題を金型設置上の問題として論ずることは明らかに誤っている。次に、前掲甲号証が挙げる<3>、すなわち、金型を水平に置くとパリソンがキャビティに触れている部分とそうでない部分で冷却に差が生じ、成形後の製品の品質に影響を与えるという点についてみると、この点も明らかに誤っている。すなわち、このような品質のむらは、パリソンを先に一方の金型に収容してからもう一方の金型を被せるという方式を採用しているため、パリソンが下型と接触する時間の方が上型と接触する時間よりも長いことによって発生するのであり、水平設置か傾斜設置かという金型設置上の違いから生ずるものではない。さらに前掲甲号証には、「機構上の欠点」として<4>から<6>が挙げられている。<4>は、金型を水平に置いた場合には、金型搖動装置がなければ成形機としての用をなさないとする点を欠点として挙げている。しかしながら、被控訴人装置においても金型搖動装置を備えているのであるから、この点は関係がない。また、<5>は、金型水平設置の場合には、金型搖動装置以外に「もう一つの金型移動装置」が不可欠となるとしているが、本件発明において用いられる装置においてはかかる装置を必要としていないのであるから、この点も関係がない。さらに<6>は、金型を傾斜させると製品形状によっては金型搖動ストロークを小さくできるが、水平設置方式ではこのようなことはできないとする。しかし、少なくとも被控訴人装置は幅五・三メートル、奥行五・九メートル、高さ四メートルの大型の装置であることからすると、これが当てはまらないことは明らかであるし、常識的に考えると、金型が傾斜している方が水平の場合よりも大きなスペースを必要とすることになる。

以上のように、甲第一四号証の二の記載は内容からみてもいずれも正当ではない。そもそも右文書は、控訴人が被控訴人装置について仮処分申請を行った後に、これに対抗して作成されたものであり、このような作成の経緯に照らしても到底信用の置けないものである。

二  被控訴人の主張

1  本件特許請求の範囲にいう「水平運動及び昇降可能な金型」についての原判決の判断の正当性

本件特許請求の範囲にいう「水平運動及び昇降可能な金型」の意義についての原判決の認定判断が正当であることは、右特許請求の範囲における「成形すべき折曲したプラスチツク管の立体的形状に適合する溝を平面状または曲面状の重ね合わせ面に刻設した金型」における「溝上に沿ってノズルの先端を案内させながら該溝内にパリソンを連続注出」するとの記載自体から明らかである。すなわち、右記載は、立体的(三次元的)形状に適合する溝上に沿ってノズルが案内されるように金型が移動することができるものでなければならないことを意味しているのであるから、金型は、まさしく、左右、上下及び前後に移動可能でなければならないのである。また、このことは、本件明細書における「該ノズル2と溝4aの底部又はその中心位置が略一定の間隔を保ち得るように金型3を上下、左右動させながら前方に水平移動させ・・・」との記載からも明白であり、原判決の前記認定判断に何らの誤りはない。控訴人は、バリなしで成形するためには、パリソン注出時にノズルを溝上に沿って案内すれば足り、ノズルと溝との間隔を一定に保つ必要はないと主張するが、原判決はバリを出さないための金型の動きを検討しているのではなく、特許請求の範囲に記載された必須要件である「水平運動及び昇降可能」の意味について論じているものであるから、控訴人の右主張は失当である。また、控訴人は、本件明細書に係る前記の記載をもって、実施例の記載にすぎないと主張するが、右記載は明細書に自らが望ましい実施態様として記載したものであるから、右主張が失当であることは明らかである。

2  本件発明における「水平運動及び昇降可能な金型」なる要件と被控訴人方法との対比

(一) 本件発明における「水平運動」とは、パリソンを下型面に刻設した溝内に注入していく工程において、下型が水平面に平行な面内で前後左右に自由に移動することであり、「昇降可能」とは、右工程において、下型が水平面に対し垂直方向へ運動することを意味する。それゆえ、本件発明における金型は、前後、左右、上下の三次元的運動をなし得るものでなければならない。このことは、本件明細書の前記記載部分等から明らかであり、このように、水平運動と昇降運動が可能であるからこそ、ノズルと溝の底部ないし中心位置が一定間隔に保たれるのである。

(二) 被控訴人方法における下型は、傾斜面内の二次元的運動を行うだけであり、水平面と平行な面内で前後左右に移動することはないし、昇降運動、すなわち、垂直方向の運動をするものでもないから、本件発明における前記必須要件を欠いている。

この点について控訴人は、原判決添付目録一第3図のX軸方向への移動は水平運動に当たると主張する。しかし、右X軸方向への動きは単なる直線運動であり、かかる動きのみでは折曲した製品の成形は不可能であり、金型は前後左右に水平面と平行な面運動をしなければならないのである。したがって、右X軸方向への直線的な動きのみを捉えて、被控訴人方法の下型が本件発明にいう「水平運動」に当たるとする控訴人の主張は失当である。

また、本件発明における「昇降」運動と被控訴人方法の下型の斜め方向への運動についてみると、被控訴人方法の下型は斜め方向へ移動するだけであるから、水平面に対して垂直方向への運動は行わないし、傾斜面に対して垂直方向(前記第3図のZ軸方向)への運動も行わない。

要するに、被控訴人方法においては、常に傾斜面での移動しかしない点において、本件発明の方法とは全く異なるのであり、原判決がこの点で既に被控訴人方法が、本件発明の技術的範囲に属する余地がないと判断したことは正当である。なお、控訴人方法においても、金型取付時、すなわち、成形作業に入る前の準備段階において、金型の位置決めのため必要に応じ下型を傾斜面と垂直方向に動かすことがあるが、これは成形とは全く異なるものであり、これをもって垂直方向に移動可能といえないことは明らかである。本件発明において、金型が昇降するというのは、成形作業中、すなわち、パリソンを金型の溝に注入する際の金型の動きを示していることは明らかであるからである。

3  本件発明における上型の移動と被控訴人方法の対比

本件発明においては、下型のみならず、上型も水平運動及び昇降が可能であることを必須要件としていることは、前記特許請求の範囲における「上型及び下型からなる水平運動及び昇降可能な金型」との記載から明確である。これに対し、被控訴人方法における上型は、水平運動も、昇降もしないし、傾斜面内の運動もしないのであるから、被控訴人方法が本件発明の技術的範囲に属さないことはこの点からも明らかである。また、このことは、本願発明の出願経過からみても明らかである。

4  本件特許請求の範囲の「パリソンの先端のみを当該部分の金型の重ね合わせ面により閉塞し」の意味と被控訴人方法について

右記載の意味するところは、<1>注出パリソンの両端のうち、一端のみを閉塞するものであること、<2>閉塞される端部はパリソンの先端、すなわち、ノズルから最初に注出された先頭の部分であり、パリソンの後端は閉塞されてはならないこと、の二点が必要であることがその文言上明らかであって、疑問の余地がない。この点を詳述すると、本件明細書中には「先端」なる用語について、前記の「パリソンの先端」以外にも、「ノズルの先端」(公報一欄二二、二三行)、「シリンダーの先端」(同三欄二五行)、「プラスチツク管成型用丸溝の先端側と後方端」(同三欄三五行ないし四〇行)などの箇所で使用されているが、これらはいずれも「先方の端、先頭部分」として統一的に使用されており、これらのノズル、シリンダー、丸溝の「先端」が「前端と後端の両端がいずれも先端でもある」と解釈される余地のないことは明らかである。控訴人は、パリソンの後方端が閉塞されなければ、吹込み成形が不可能であると主張するが、本件明細書の三欄三九、四〇行には、「後方端は後にパリソン内にエアを注入するためのエア注入口6a、6bが設けられている」と明記されているのである。これは当該部分からエアが注入されるため開口されていることを意味するものにほかならない。このように上吹込方式を採用する場合には、後端は開口されているのである。パリソン内に空気を吹き込む方法のうち、上吹込み、下吹込みの両方式の場合は、溝の対応部に空気吹込口が存在するので、空気吹込口以外は外部と遮断される。したがって、控訴人が主張するように空気の流出は起こらない。

これに対し、被控訴人方法においては、パリソンが溝内に注入された後、上型、下型により閉塞されるのは、パリソンの先端と後端の二箇所である。したがって、被控訴人方法が本件発明の技術的範囲に属する余地はない。

5  控訴人は、被控訴人方法の構成については特段の作用効果はないと主張するが、被控訴人方法が極めて優れた効果を有することは甲第一四号証の二に記載のとおりである。控訴人は、ノズルヘッドの距離の調節だけでパリソンの折れ曲がりが解消できるかに述べるが、そもそも金型水平載置はパリソンのドローダウンを防ぐというのが一つの技術思想であり、ノズルヘッドの距離を広げるということはかかる技術思想と矛盾する上、パリソンの径と製品の長手方向の寸法の比があまり小さくない場合にはノズルヘッドの距離調節だけではパリソンの折れ曲がりが解消できない。また、金型水平載置方式では、パリソンが自重により垂下するに従って自然にキャビティ内に包蔵されるということはあり得ないから、必然的に下型をノズルに対して移動する必要があること、型締めの関係で別の無駄な搖動を必要とするのであり、被控訴人方法が優れた効果を奏することは明らかである。

第三  証拠

証拠関係は、原審及び当審における書証目録記載のとおりである。

理由

一  成立に争いのない甲第二号証によれば、本件明細書の特許請求の範囲第一項には、「成形すべき折曲したプラスチツク管の立体的形状に適合する溝を平面状又は曲面状の重ね合せ面に刻設した上型及び下型からなる水平運動及び昇降可能な金型」(なお、当裁判所は便宜上、この記載部分を以下、「構成要件A」といい、その他の記載部分についても同様に表記する。)と、「硬質熱可塑性樹脂をチユーブ状に成形したパリソンを注出するノズルとを設け」(「同B」)、「該下型をノズルに対して相対的に移動させて該ノズルの先端を下型における溝上に沿つて案内させながら該溝内にパリソンを連続注出し」(「同C」)、「次で上型を下型上に合わせて注出されたパリソンを溝内のみに包蔵するとともに該パリソンの先端のみを当該部分の金型の重ね合せ面により閉塞し」(「同D」)、「その後該パリソン内に圧縮空気を注入して」(「同E」)、「所望の管を成形することを特徴とする折曲した形状の硬質プラスチツク管の成形方法」(「同F」という。)と記載されていることが認められる。

二  ところで、被控訴人は、被控訴人方法が構成要件A、C及びDを充足することを争い、同B、E及びFを充足することについては被控訴人においてもこれを明らかに争わないので、まず、被控訴人方法が構成要件A及びCを充足するか否かについて検討することとする。

1  構成要件Aの前記記載によれば、同構成要件は、本件発明の方法に使用する金型が具備すべき性質、すなわち金型の属性を規定していることは明らかなところである。そして、この記載によれば、本件発明に用いる金型は「水平運動及び昇降可能」な金型であるところ、前掲甲第二号証によれば、本件明細書中には、構成要件Aにいうところの「水平運動」及び「昇降」可能の意義について格別定義した記載は認められないから、右の各記載は、右各用語の有する通常の語義に従って解釈するのが相当というべきである。そうすると、「水平」とは、地球の重力と直角に交わる方向を、また、「昇降」とは、上り下りを、それぞれ意味するものと解される。そして、右「水平運動」及び「昇降」運動には、運動の態様について、格別の限定が付されていないことは構成要件Aの前記の記載自体から明らかなところであるから、右「水平運動」については、水平な面運動及び水平な直線運動が、また、「昇降」運動については、垂直上下運動及び斜め上下運動が、それぞれ前記の各運動に含まれるものと解するのが相当である。

2  被控訴人は、特許請求の範囲における「溝上に沿つてノズルの先端を案内させながら該溝内にパリソンを連続注出」するとの記載は、立体的(三次元的)形状に適合する溝上に沿って、ノズルが案内されるように金型が移動可能であることを意味しているから、金型は、左右、前後及び上下に移動可能でなければならず、したがって、構成要件Aの「水平運動」とは、「水平な面運動」であり、「昇降」とは、「垂直上下運動」を意味するものであって、このことは、本件明細書における「該ノズル2と溝4aの底部又はその中心位置が略一定の間隔を保ち得るように金型3を上下、左右動させながら前方に水平移動させ・・・」との記載からも明白であると主張する。

そこで、この点について検討するに、前掲甲第二号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の中には、「本発明は主に2次元又は3次元的に複雑な形状を有する折曲した形状の硬質プラスチツク管の成形に適する成形方法に関するものである。」(二欄八行ないし一〇行)及び「(従来の)方法では平面的な複雑形状しかできず、立体的、即ち、左右上下方向に曲折した形状を得ることは無理であった。・・・この発明はこれらの問題点を解決するプラスチツク製ダクトの製法を提供せんとするもの」である(三欄一〇行ないし一二行)との記載、並びに本件発明の実施例に関し、「先ず第2図及び第4図に示すようにノズル2の下に下型3aの溝4aが来るように配置し、次いでノズル2からのチユーブ状のパリソン7を連続注出せしめるとともに、該ノズル2と溝4aの底部又はその中心位置が略一定の間隔を保ち得るように金型3を上下左右動させながら前方に水平移動させ、溝4a底部に沿つて、注出されたパリソンが収容されるように操作する。」との記載(四欄八行ないし一五行)がそれぞれ認められ、これらの各記載によれば、本件発明は、二次元形状のみならず三次元形状の硬質プラスチツク管の成形をも目的としていることは明らかである。そして、構成要件Aは、このような各形状の硬質プラスチツク管の成形を可能とする金型の属性を規定したものであることは前記のとおりであるから、このような観点からすれば、前項に述べた「水平」及び「昇降」の各運動が可能であれば、二次元及び三次元のあらゆる形状の溝に対応して移動することが可能であることは明らかであって、金型の属性としての運動について何らの限定のない前記の各運動を、被控訴人主張のように、「水平の面運動」及び「垂直上下運動」に限定して解釈しなければならないとする根拠は見出し難い。

3  そこで、次に被控訴人方法に使用する金型について検討する。

被控訴人方法における下型5aが原判決添付の別紙目録一の第3図に記載の傾斜面(垂直から五〇度までの範囲内で適宜の角度を取り得る。)上のX軸及びY軸上を自由に移動可能であることは当事者間に争いがないところ、水平面を基準とする限り、下型5aの動きのうち、前記X軸方向の動きが水平な直線運動に、また、Y軸方向の動きが斜め上下の運動に、それぞれ該当することは明らかなところであるから、前記X軸方向の動きが構成要件Aの「水平運動」に、また、同Y軸方向の動きが同構成要件の「昇降」運動に、それぞれ含まれることは明らかなところである。

被控訴人は、下型5aの動きは、傾斜面内の二次元的運動を行うだけであるから、三次元的な運動が可能な構成要件Aを充足していないと主張するところ、確かに、右の傾斜面を基準としてみる限り、被控訴人方法の下型5aの運動は、前記のX軸、Y軸上の各成分によって運動方向が規定されているという意味において、下型5aの運動は二次元運動に当たるということができる。しかしながら、被控訴人方法における下型5aの運動を本件発明における水平面を基準にしてみると、傾斜面上の前記Y軸方向及びX軸方向の運動には、二つの水平方向成分のみならず垂直方向成分も含まれていることは明らかであるから、被控訴人方法においても、単に水平方向の二成分によって規定された運動のみならず垂直成分をも含んだ運動、すなわち三次元運動も可能であり、本件発明の金型の運動と対比して論ずるとき、これを単なる二次元運動として捉えることは相当ではないというべきである。

したがって、被控訴人方法における下型5aの前記運動は、傾斜面を基準とする限り、二次元運動であるが、本件発明と同様に水平面を基準としてみると、三次元運動に該当するから、この意味において、下型5aの前記Y軸方向の動きは、本件発明の「昇降」運動に含まれるものと解するのが相当である。

しかしながら、被控訴人方法の下型5aの動きは、前記の垂直から五〇度の角度の範囲内で選択された一定の角度に設定された傾斜面上における前記X軸及びY軸上の運動に尽きるものであるから、その運動は、水平な直線運動と斜め上下運動に限定されているものであり、被控訴人方法の下型5aが、水平な面運動及び垂直上下運動を行うことができないことは明らかなところである。

そうすると、結局、被控訴人方法における下型5aの運動に関する属性は、水平な直線運動と斜め上下運動に限定されており、本件発明に使用される金型が具備すべき属性である水平な面運動及び垂直上下運動を行うことができないという意味において、「水平運動及び昇降可能」な金型との要件、すなわち、構成要件Aを充足するものとはいえないといわざるをえない。

4  ところで、構成要件Aに規定された控訴人方法の金型の有する前記の属性は、パリソン注入工程における金型の運動、すなわち、構成要件Cに規定された運動を実現するための必須の要件として規定されたものと解すべきものであるから、いわば、前者は運動能力を規定するのに対し、後者は右能力を活用して行う運動そのものを規定する点において、両者は表裏の関係にあるものというべきである。そこで、パリソン注入工程における金型の運動を規定する構成要件Cについても、ここで併せ検討することとする。

前記一認定の構成要件Cによれば、下型のパリソン注入工程における運動は、下型をノズルに対して相対的に移動させ、かつ、ノズルの先端を下型における溝上に沿って案内させるものであると理解することができる。そして、右運動を構成要件Aに規定された金型の前記属性を踏まえて検討すると、ノズルは下型における溝の形状に沿って、前後左右に移動しつつ、上下方向にも、ノズルと溝との距離を適宜な間隔に調節しながら、ノズルの先端を下型における溝上に沿って案内するものであると解するのが相当であり、このことは、前記2認定の本件発明の唯一の実施例に示された、「ノズル2と溝4aの底部又はその中心位置が略一定の間隔を保ち得るように金型3を上下左右動させながら、前方に水平移動させ」る例において、ノズルと溝との距離を「略一定の間隔」に保つべく調整している例が開示されているところからも明らかである(なお、右に述べたノズルと溝との距離の調整については、構成要件Cに何らの限定がないことからすると、実施例に示された「一定の間隔」のみに限定されるものではない。)。

これに対して、前記3認定の被控訴人方法においては、被控訴人方法の下型5aの動きは、前記の垂直から五〇度の角度の範囲内で選択された一定の角度に設定された傾斜面上における前記X軸及びY軸上の運動に尽きるものであるから、下型5aの動きは、前記傾斜面上の動きに限定されざるを得ない結果、パリソンの注入工程において、ノズルと溝との間隔を適宜な距離に調整することは不可能というほかないのである。

したがって、、被控訴人方法は、ノズルと溝との距離を適宜な間隔に調節することができない点において、構成要件Cを充足するものではないというべきである。

5  そうすると、被控訴人方法は、構成要件A及びCを充足しないものといわざるを得ないのであるから、その余の構成要件Dについて検討するまでもなく、被控訴人方法が本件発明の技術的範囲に属さないものであることは明らかというべきであり、控訴人の請求を棄却した原判決は正当である。

三  よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濱崎浩一 裁判官 田中信義)

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